小舟のダブルミーニング


Fujika's Música brasileira

小舟のダブルミーニング



小舟は、歌を歌ったり、演奏したりする私たちのこころ





Marcos Valle & Roberto Menescal - "O Barquinho"





普段は演奏の時にしか合わないし、

メッセージの内容も、譜面、音源、動画に関することのみですが

ごくまれに真面目な話をすることもあります(笑)


随分前のメッセージです。

読み返すとステキな内容でしたので

ここに書き留めますね。


当時は別のことで忙しく

こころに留める余裕がたぶんなかったのだと思う。





自分で「O barquinho」を訳してみて、たまげました。  

もう、凄すぎて話にならないレベルです いや、歌詞のクオリティの話です。 


ダブルミーニングで多重的な物語がずっと綴られていて、その上に完璧な韻の踏み方、韻の踏み方の凄さは、Pretty Worldの歌詞をたどると分かります。 

単に海の上を小舟が動いているとか、そんな話じゃなくて。 


曲はMenescalが書きましたが、歌詞は、ホナウド・ボスコリ。 

歌についての、歴史の長さが違いすぎます。  



小舟は、歌を歌ったり、演奏したりする私たちのこころをさしています。 


海は楽曲の世界。譜面ともいえます。 

空に輝いている太陽は、今まで蓄積された、すでにある音楽です。 


先人の積み重ねた音楽の太陽(サンバほか)からのエネルギーを受けて、新しい帆(ボサノバ)を張った舟(音を綴るわたしたちのこころ)が、楽曲の譜面の上を動いていくのです。 


そよ風がどうしたとか、そんな話じゃないんです。(ひ)





João Gilberto - O Barquinho




>>興味深いお話が聞けたので追記しますね。


O Barquinhoが生まれた背景は、ルイ・カストロのボサノバの歴史、と言う本に割と詳しく書かれています、もし読んだらちょっと夢を壊しちゃうかも?も一人だれか忘れたけど、同じような事話していた。詩の解釈は個々のイメージで良いので、こちらのお方のようにステキに受け取るのもいいね。実際はネカチモなメネスカルがヨット持っていて、それは当時としてはすごい贅沢だったわけで、皆でそういう生活を楽しんでいたんだろうね、だから僕も追体験としてヨットほちいの。 画像がメネスカルのヨット?かなあ?(違ったらごめん)。(り)



そうなのね(^ ^)「ひ」さんの訳は、キリスト教側からの解釈だなぁと思っているのですね。私も根底が同じなのでなるほど~って同感するんだけどね(^ ^) ヨットかー。私、小学生の時、手漕ぎカヌー?(小舟?)に乗ったとき水の流れが逆行していて、漕いでも漕いでも岸にたどり着けないという怖いトラウマがあるので、基本、水の上は怖いです(爆 (ふ)



藤花さん、ご紹介ありがとうございます♪ (り)さん、お久しぶりです♪ O Barquinhoのメロディー、オサレな印象を受けますが、 ノルデステ(北東部)のベーシックなリズムを飾り付けて、 新しく感じる何かのサウンドに置き換えているなあ、と。  

この、すで自分の手元・足元にあるサウンドを移植するときの、 センスといいますか、手法が、新鮮だった、 ある形式の音楽がボサノバと呼ばれるゆえんは、 ここにあるのではないかな?と自分は思っています。  

韻の踏み方についても、ボサノバ時代のアーティストよりはるか前、 へペンチスタが即興演奏で披露し、様々な研究がなされています。 日本語訳の書籍あり、今井さんも所蔵。 

なので、この曲に関する私のコメントは、キリスト教的な解釈というわけでなくて、ブラジル音楽でよく見られる、ダブルミーニングだろうなあ、と考えています。

マニアックな方のために、以下(笑)


藤花さんがご紹介された、O BarquinhoのJoaoバージョンがメロディをだいぶ崩して歌ってるので、このバージョンだけきくと「こういうメロディの曲だ」と思ってしまいますが


Menescalのオリジナルのメロディはこちら。メロディのリズムを記号化すれば、

 ^^- | vv- | ^^- | vv- | ^-v- ダダン・ドドン・ダダン・ドドン・デンドン ノルデスチの伝統的リズム





このリズムを聴いて、あれ?と思った方。 Joao Gilbertoが作った数少ない曲のひとつで、 この伝統的なリズムが使われています。

ダダン・ドドン・ダダン・ダダン・ドンドン というアクセントに変更されていますが、 リズムの構造は同じです。 Joaoは丁寧に、これは僕のBaiao(ノルデスチのリズム)だ、と歌詞で表現しています。 

サンバのリズム伴奏の上に、 ノルデスチの伝統的リズムを使ったメロディを乗せて、 伝統的な楽器を使わずに、 わりと新しい楽器=6弦ギターをサウンドの中心に据える。(ひ)



 Bim Bom 



にゃはは~♪「ひ」さんは、(ひ)さんだったのか 笑 にゃるほど、それでわかりました。(り)




O Barquinhoのリズムは、船を動かそうとしてエンジンをかけた時のサウンドがヒントになった、という逸話を耳にしたことがあります。 こういう素敵なエピソードに心惹かれるものの、サウンドを丁寧に分析していくと、おのずから、先人のサウンドが見えてくるんです。 

あらゆるサウンドに歴史と人々の営みがあり、さまざまなサウンドが「どのようにブレンド」しているか、その匙加減によってさまざまな音楽のフレンドが形成される、このような認識をもっています。

 日本語で韻を踏もうと努力しても、私の実力ではこの程度、 まあ、韻ふみをオヤジギャクと返されてしまう、アジアのこのあたりでは、芽を伸ばすのもひと苦労といったところでしょうか、、(ひ)



ルイ・カストロの本には、巨大な怪魚を 小舟に引きずり上げた、アクアラング姿のメネスカルが写っている写真があり、実際はこのような船の上であの歌は生まれた、と言うようなことが書かれていました。 あと誰だったか忘れちゃったけど、ある時メネスカルの船に皆で乗って遊びに行った、そしたら帰りにエンジンが故障して漂流してしまい、ようやく助けを呼んで港に曳航されているときに誰かが、タラッタラタラッタラ、小舟は行くよ~と鼻歌を歌い、それがあの歌になった、ってなことを語っていたのを何かで見たころがあります(もう最近忘れっぽい)。  

やはり何かのフィルムで、当時のブラジルは強かった、テニス、フッチボール、フィッシング、ダイビング、とカルロスリラ御大が語ってるのを見て、このオッサン何言ってるんだろか?と思ったものですが、要するに当時アクアラングもってるなんてすごい事だったんだろなと、たしかメネスカル爺のLPジャケットで、ヘンテコなアクアラング姿があったよね 笑。  

それらを見て、日本人が繊細な感覚でとらえるより、ブラジル人はホネブトなんかな?なんて思ってます。 誌の解釈は、(ひ)さんのようにステキに捉えるのに賛成です。(り)



いい感じの詩の解釈の動画




(ひ)さん、(り)さん、補足ありがとうございますヽ(*^^*)ノ 壮大なメッセージ、私のBlogに追記記録させてください(忘れるので) (ひ)さんのこの曲に関するコメントは、3回くらい、かいつまんでいると思うので(笑) やはり、MCで話したら、小舟だけで終わってしまうね(笑) (ふ)



動画でもおっしゃっていた詩の解釈。

書いた本人が本当のことを話さない限り、真実ってわからないよね。

どんな文献であっても、それは憶測という評論なわけだし。。


Blogで少なからず文字を書く私にしたって、

すべてが真実か?と問われたら、、?なのよ(笑) 

自分にしかわからない文字を置いていたりするから(笑) 

空を思い浮かべながら、海って書いているかもw。



詩や曲からくるインスピレーションや感動は皆、真実で、それが芸術で、

それがステキな音楽の楽しみだと思うんだなぁ。。。 (ふ)







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